| 2002年12月9日 |
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ヤボ用があって、昨日、大阪に行ってきました。本当だったら、ちょっとはゆっくり滞在して、大阪方面の皆さんとコンタクトでも取りたかったんですけど、僕も時期が時期なだけに、あまり悠長にノンビリもしていられないので、それはまた今度ということで、さっさと帰ってきました。えらいすんまへんな。 他人様の家ってのは、芝も青いしバラも赤いし、台所の窓から漂ってくるカレーの匂いもウチのカレーよりおいしそうに思えたりする。大阪って、行くたびに思うけど、街並みもきれいで清潔だし、人間も温かい人が多いし、センスも強引だし(笑)、とても魅力的。でも、普段はあんなに嫌いな東京に帰ってきて、山手線に乗って、とたんにモーレツにホッとする自分に、つい笑ってしまう。住めば都というのか。僕、新宿生まれなもので。 大阪って街は、基本的に田舎だと思う。だなんていうと大阪人に怒られそうだけど、悪気があって言っているのではなくて、それに、もちろん見た目の話でもなくて。 地方出身の人は、東京を歩くと人が冷たくてイヤ。って言うけど、僕もそれを否定しようとは思わないけど、もしかしたら、これは生活の知恵かもしれない。と、昨日、ふと思った。大阪を歩いているオッサンやオバハンのキャラクターって、イチイチ濃いわけで、もう、ツッコミを待っているとしか思えへん。どこから手始めに突っ込んで良いものやら。となると、目や耳から飛びこんでくる情報が、どうしても過多になるのだ。僕は、あまりの人の多さに、どっと疲れてしまう。 といっても、東京のほうが人が多いと思うんだけど、東京を歩いている人達って、なんと言うか、自分のキャラを見せずに歩いているので、言ってみれば風景と同化しているので、人の多いことにそんなに疲れない。電車の中で化粧している女の子達の言い分って、もちろん理解できないけど、一理はあるような気がした。いや、もちろん理解できないんだけど。つまり、大阪のほうが、道を歩いている「生き物」の数が圧倒的に多いのだ。そりゃぁ、気になりますよ。もちろん悪い意味で言っているんじゃないですよ。 人間の温かさと地域や環境の閉鎖性って(人間の閉鎖性ではなく)、少なからず関係があると思う。今度の北京オリンピックが、本当に大阪オリンピックになってたとしたら、大阪にやってきて感激すると同時に困惑して路頭に迷う外人さんて、ぎょーさんおるんやないやろか?大阪の街は外からやってきた人に対して必ずしも親切には出来てないと思う。この辺、京都は全然違いますね。これが、政治と宗教が中心だった街と、商売と胃袋が中心だった街の差。あの、くれぐれもバカにしているわけじゃないので、誤解の無いように。 人懐こさというのは、裏を返せば、寄り掛かったり癒着をしたり、そういうことなんだけども、これって典型的な田舎のメンタリティーだと思う。「田舎」といっても、東京の人間だって自分の周りの小人数で村みたいな共同体を作って、そこに寄り掛かりや癒着を求めているわけで、つまり、自分の田舎(の代用品)を自分で別の場所に作っているわけだ。でも大阪って、大阪の社会全体が、全体で寄り掛かったり癒着をしていたりする。だから人懐こい。あんな大人数で人工密度も多いのによくもまあそんなパワフルなことできるもんだよなあ、と思う。普通、田舎は人数が少ないからそういうことが出来るのに。底力がありますよね。 東京と大阪で車のクラクションが鳴る回数を数えてみると面白い結果になると思う。東京じゃ正体不明な相手にクレームの意味でのクラクションって鳴らせませんよ。クラクションの使い道は、道を譲ってもらったときに「プっプっ(=ありがと)」と言うくらい。大阪なら相手がどこの誰であろうと構わず「プーーーー!(=はよぉ行ってぇ〜なー)」と言い合える社会があるのだ。これはある意味癒着なんだけど、もちろん癒着はあったほうが人間的だ。 あるいは東京の人がつく嘘と大阪の人がつく嘘を比べてみるとか。これまた面白い結果になると思う。東京のほうが、地域性に関しては、はるかに開放性がありますね。開放的であるってことは、それだけ人間関係がドライだってことだ。東京人が言う「人間関係に疲れて」って、アレ、嘘だと思う。だって、疲れるどころか、そもそも公の場には人間関係なんて無いんだから。 僕は一人でいる時間ってのが一番心地よくて、あ、いや、人と喋る時間だってものすごく好きなんだけど、その代わり、相手に対してあれやこれやと一方的にサービスをしてしまって、しかもそのサービスも止まる気配が無くてドッと疲れる。僕、本気で喋り始めたら、まさしくマシンガントークですもの。そんなもんだから、疲労回復には一人でいるのが一番だと思ってる。だから、街を歩くんだったら東京のほうが、僕にとっては気楽。というわけで、帰ってきたときの「ホッ」は、そんなところにあるわけだ。 東京だと人が転んで血を流してても見てみないフリしますよね。大阪だと転ぶ前から支えちゃいそうな、傷を作る前から止血剤を塗っちゃいそうな、そんな雰囲気がある。優しいけど、その分、どこかでいい加減なところがある。僕は自分のやりたいことは東京でしか出来ないと思っているから、大阪に拠点を移すことは、まず有り得ないと思うんですけど、たぶん大阪で地盤を固めるのは、きっと簡単ですね。「おまえ、エエ奴やなぁ」と思われれば、それでOK、みたいな。あの、くれぐれも言いますけど、文化のためにはむしろ良いことですよ。これって。 こういう環境だからこそ出来ることっていっぱいあると思うし、くれぐれも大阪が「東京化」しないことを祈るばかりです。ま、しないでしょうけど。 |