| 2003年2月6日 |
|
ピアノのレッスンはサボりがち。和声のレッスンも不真面目。「落して差し上げますから来年もう一回受講下さいませ。」なんて言われたりして、厳格対位法の講義に出席した回数は片手で充分足りる。フーガのレッスンは好きだったけど、「ぱんきょー」なんて当然出席せず、食堂で食っちゃ喋り食っちゃ喋り、体育実技なんて面倒臭いので「具合が悪いです。」と言って見学。そんなこんなで、大学中退時に得ていた単位数はたったの20。 正直に言ってしまえば、確かに僕の「中退」は、そんなに格好よろしいモノでもない。でも、作品はとにかく書いた。普段学校には食堂だけしか顔を見せないくせに、作品提出の時期だけは、やたら頑張った。そりゃもう燃えた燃えた。中退するときに、溝上先生にも、「一番やる気があったやつだったのに、残念だなあ…」と嘆かれた。僕は、門下に問題児ばかり揃った先生の最後の問題児になった。そういえば、もう先生が亡くなって一年経つ。 そんなわけで、僕は、あまり「師匠」というモノを持った記憶が無い。溝上先生のレッスンも、ヒンデミットの和声学と、近代のソナタの分析をちょこっとばかしかじっただけで。僕の学校では(今は違うらしいけど、当時は)3年生にならないと自由創作が出来なかったのだ。当然、このカリキュラムには僕はご不満だった。 何か、本当の意味で、僕がレッスンらしいモノを受けたのは、川島素晴氏の下におけるモノと、ドナトーニのマスタークラスだった。でも川島氏との師弟関係は半年ほどで自然消滅してしまい、いや、本当は消滅していないのかもしれないけど、98年の年末ごろから連絡さえ取っていない状況だ。ドナトーニには二週間。まあ、コレはマスタークラスなので仕方ないとして。川島氏のもとでも僕は決して真面目な弟子というわけではなかったかもしれない。しかし…向こうはどう思っているのか知らないけど、僕は実に多くのことを学んだ。 いつどこで本人がこのページを見るか分からないので、あまり滅多なことは書けないけども、などと書くと、まるで僕がご不満とでも言いたげに見えるかもしれないけど、誓って断じてそうでは無いので誤解なされませんように。僕は本当に多くのことを学んだ。そして、師弟関係が自然消滅した後のほうが、より身に迫って、川島氏の思考というものを理解できたような気がする。「笑いの構造」って、極論じゃないだろうか。それを言っちゃあオシマイよ。というモノじゃないだろうか。 僕は、川島素晴という人に影響を受けることが、即ち「ソリストが指揮者をあやつる」とか、「野平一郎が落武者のように出てくる」とか、「作曲者本人が打楽器の位置を変えたりする」とか、「パガニ蟹」とか「YAGI節」とか、どこまで本気なのか良く分からないタイトルをつけることとか、演奏会直前まで楽譜が仕上がってこないとか、甲斐説宗の啓蒙活動をするとか、すぐさまそういうモノに繋がるとは到底考えられない。「川島素晴に師事」というプロフィールを見て、すぐさま、こう言う種類の音楽を僕に期待する人は、言っちゃ悪いが相当視力が悪いと思う。 とはいえ、僕自身でも、「まるで川島流」な作品を書かなかったわけではなかった。すべからく作曲を学ぶ者は一度完全に師の手法を踏襲して作品を書くべきである、と、僕は固く信じている。まあ、それがどの程度実現されているかは微妙かもしれないけども、川島氏は、そのようにして書かれたその作品をえらく気に入っていた(ように見えた)。川島氏に師事する前の僕は、完全に自分の性感帯だけを頼りに曲を書いていた。だから、無駄な部分やら余計な部分やら必要無い部分やらが、大量に持て余されていたわけだ。ところが川島氏はアカデミズムの権化のような人であるので、そういう余計なものをスパっと「必要無し」とする。 本人から頂いた(というか、なんか結果的にねだってしまった形になったような気もするけど、それはきっと気のせい。)Dual Personality…例の芥川作曲賞受賞作…の楽譜を改めて見ていると、この人が非常に禁欲的なのが分かる。ともすると、ちょっと窮屈なくらい。でも、僕が煩悩の多い、わき道ばかりの人間であるので、こういう師匠を持ったことは、非常に有益だったと僕は考える。 しかし、やはり「川島流」の持つパフォーマンス的な要素は、正直に言ってしまうと、僕の体には合わなかったことを告白せねばなるまい。「演じる音楽」の主張は、その通りだと思う。でも、これが導き出す結論が「過去の優れた音楽作品にも」見出せる性質を持ち、「行為を見詰めていれば、全てが面白いはずなのである」となると、何もパフォーマンスを前提としなくても、これは実践可能であるわけで、だったらパフォーマンスなくてもいいじゃん。もっと言ってしまえば、ごく普通の、いわゆる調性的な響きを持つ音列を用いても、この実践は可能だ。極端な話、例えば2度の和音をつけるところを再現ではドッペルドミナントにするだけで「笑いの構造」が発生する。そんなことを考えているうちに、僕は巡り巡ってしまった。ソナタ形式の第一主題と第二主題の対比だって、そうじゃないか。「実は、従来の音楽でも、それは充分に可能なはずである」 …そういう時期に、こういう前提のもとで、「現音ヲタ」に充分属していたであろう当時の僕は、『再び』ベートーヴェンに出会ってしまった。でもこれは別の話になるので、今日はナシ。 何をやるにしても「極端」…という意味では、確かに僕は川島氏の弟子であることを常々意識する。聴衆にある程度の「前提」を求めるところも。結局「音楽を設計すること」と「表面上聞こえる音」とは、直接的に関係あるわけではなく、むしろ積極的に関係無いと言いきっても差し支えない。という教訓を、僕は学んだ。これが川島氏から学ぶべきものだったのかどうか、そこら辺は、僕もあまり自信があるわけではないのだけれど、とにかく学んでしまった。 唐突に話を振るけれども、例えば、ブーレーズの『ストリクチュール』の響きに心底惚れている人がいるとする。その彼が、彼自身の耳を頼りにして、まったく『ストリクチュール』そっくりな音を書いたとする。本当にそっくり。感動してしまうほどにそっくり。でも当然、何かしらトータルセリーの法則に基づいて書いたわけではない。この場合、その彼をブーレーズの影響下にあると言って良いものか。限定的な意味においては、確かに影響下にはあるけれども、でも、僕は、これを「影響下」にあるとは、到底、断言できない。このことについて異議ある人はいないのではないかと思う。そういう意味においては、間違い無く僕は川島氏の影響下にあると断言できる。向こうはどう思っているか僕は知らないけれど、影響ってものは与える物ではなくて、勝手に受けてしまう物だ。 もっと極端な話をすれば、「一体何を書けば『現代音楽』なのか」…この、まあ素朴とも乱暴とも言える問いに、誰か明確な回答を持っている人はいるのだろうか。正直に告白するけれども、僕は持っていない。全く持っていない。しかしある種の人は、調性的な音が聞こえてきただけで現代ではないとする人も、このご時世、まだいたりする。逆に絶賛する人も。あるいは、無調的な響きだけで現代を決め込む人も、まだこのご時世にいたりする。逆に批難する人も。じゃあ、ファニホウの楽譜をまるっきり調性的な音だけに変えたりしたら、それはどうなんだろうか。ドナトーニは、たまたま選んだ素材が長三和音だっただけで、相当批難されたことがあるそうな。いつもの彼の作品と全く譜面のツラが変わらないのに。人の耳なんて、結局のところ、そんなもんなんだろう。 それでも何かしら書かなければならない現代の作曲家というのは、確かに悲劇的なのかもしれない。いつの日にか、とある作曲家の作品が、その表面上の響きだけではなく、時間設計の意図、対位法の確かさ、そのような面においてこそ評価される日は来ないものだろうか。僕はそのような希望を持って、敢えて、一切の「現代的音響」を排除した「調性」の道を歩んでいるのである。 |